
(選択式20問)
問1、4 「児童の権利に関する条約」の第24条『健康・医療への権利』の条文2 の(C)
問2、5 「児童の権利に関する条約」の第24条『健康・医療への権利』の条文2 の(e)
問3、2 「児童の権利に関する条約」の第24条『健康・医療への権利』の条文2 の(f)
問4、4
A、× 子どもの養育及び発達についての第一義的な責任は、保護者にある。
B、○
C、× 2003年の合計特殊出生率は、ついに1.29となった。
D、× 母子健康手帳等の活用は必要な場合は行う。
E、× 認可外保育施設とは、都道府県の許可を受けていない保育施設のこと。また児童福祉法では運営状況の報告義務を課している。
問6、3
「保育所保育指針」第1章「総則」の「1、保育の原理(2)保育の方法」の前文の一部
問7、5
「保育所保育指針」第1章「総則」の「1、保育の原理(2)保育の方法のキ」の条文
A、× 性別によってわけるのではなく、子ども自身に選ばせることが良い。
B、× 男性も家事を行うということの否定にあたる。
C、○
D、× 性別による固定的な性役割意識にあたる。
E、○
問8、5
A、× 別室で遊ばせるのは体罰にあたるため。
B、× 正座させることは体罰にあたるため。
C、× 不自然なあざをそのまま見過ごすだけは適切ではない。
D、× 体罰は決して行ってはいけない。
E、○
問9、2
「保育所保育指針」第1章「総則」の「1、保育の原理(3)保育の環境」の第一段落の条文。
問10、4
答えの通り。
問11、1
「保育所保育指針」第11章 保育の計画作成上の留意事項」の「4 三歳児以上の指導計画」の条文。
問12、3
「保育所保育指針」第13章 保育所における子育て支援及び職員の研修など」の「2 地域における子育て支援」の「(3)乳幼児の保育に関する相談・助言」の第3段落の条文。
問13、4
A、献立等を渡すのではなく、調理の工夫の仕方等を教えるのが望ましい。
B、厳しくしつけるように助言するのではなく、原因を聞いたりして子ども気持ちの理解に努めるのが望ましい。
C、○
D、× 緊張感を軽減するのが優先。相談は保護者が話進められる状態になってからが望ましい。
E、○
問14、5
A、× 保育所に最も関係する法令は、児童福祉法である。よって第39条の条文も異なる。
B、× 近年、幼保一元化の動きを推進している。
幼保一元化について 本サイト参照
C、就職を希望する保育所が存在する市町村に登録するとは決められておらず、基本的には在住する都道府県に保育士の登録を行い。求人などに応募して保育士となる。
D、○ 「学校教育法」の「第7章 幼稚園」の「入園資格」第80条の条文
E、× 満4歳以上の幼児おおむね30人につき1人以上としている。
本サイト参照 『保育園と幼稚園の違いは?』先生の配置基準
問15、2
問15は、「特別保育事業の実施について」の別添11「家庭的保育等事業実施要網」から出題
A、○「1 趣旨」
B、×「3 事業の実施」の「(1)家庭的保育事業」より。
『(2)家庭的保育を行う者と2親等以内〜』は三等親である。
C、× 「保育士または幼稚園教諭の資格を有すること」は幼稚園教諭ではなく、看護士資格である。
D、○「2 家庭的保育者要件」内の「ウ」より。
E、× 「2 家庭的保育者要件」の「エ 保育時間及び保育日数については、次のいずれかを満たす」とあり、それは「1日概ね9時間及び1週5日以上」「1日概ね9時間及び1週3〜4日」「1日概ね6時間及び1週5日以上」である。また、延長保育については、「できるだけ対応するもの」となっている。
問16、2
「保育所保育指針」第13章 保育所における子育て支援及び職員の研修など」の「3 職員の研修等」の第1段落の条文。
問17、4
「保育所保育指針」第13章 保育所における子育て支援及び職員の研修など」の「3 職員の研修等」の第1段落の条文。
問18、5
「保育所保育指針」第13章 保育所における子育て支援及び職員の研修など」の「3 職員の研修等」の第4段落の条文。
問19、1
「保育所保育指針」第13章 保育所における子育て支援及び職員の研修など」の「3 職員の研修等」の第4段落の条文。
問20、5
答えの通り
筧雄平 農繁期託児所を鳥取県気高郡美穂村に開設
渡辺嘉重 『子守教育法』を著したその道の先駆者
近藤真琴 近藤真琴(こんどう まこと、1831年 - 1886年9月4日)は、明治の教育家、思想家、明治の六大教育家の一人。日本における航海術、測量学の基礎を確立したほか、数学、土木学の教育の先鞭を付けた。かな文学を推進する立場を取り、日本初のかな書き辞書である「ことばのその」の著者としても知られている。また、明治期に日本の国歌を策定する必要が発生して海軍省に打診があった際、たまたま海軍省へ出仕していた近藤が西洋事情と文学に詳しいということで歌詞の素案を書いたという話が昭和3年6月に発行された『竹柏漫筆』(佐佐木信綱著)に掲載されている。同書によるとその歌詞は賛同が多かったものの海軍省内の一部で異論があり、お蔵入りになったとされている。
和田実 和田実(1876〜1954)は、幼児教育の基本原理の「自然主義教育」を基本において明治41年に「幼児教育法」を著す。そして、幼児教育を科学的に教育学の体系に位置づけ「感化誘導」の保育の理論を発表する。
「幼児教育」という言葉を日本で初めて使ったのは、和田実で、この言葉には、幼児教育を科学的に論じようという考え方が込められている。
佐藤 信淵(さとう のぶひろ、明和6年(1769年) - 嘉永3年1月6日(1850年2月17日))は、江戸時代後期の絶対主義的思想家であり、経世家(経済学者)、農学者、兵学者、農政家でもある。出羽国雄勝郡郡山村(現秋田県雄勝郡羽後町)出身。