
(選択式10問)
問1、4
答えの通り
問2、5
答えの通り
問3、3
A、オ 倉橋惣三(くらはし そうぞう 1882年-1955年は、日本の児童心理学者。
静岡県生まれ。東京府立一中などを経て、1906年、東京帝国大学文科大学哲学科卒業。帝大大学院児童心理学修了。
1913年、東京女子高等師範学校講師を経て、1917年には教授就任。東京女高師附属幼稚園の主事を長年務め、形式化した明治以来のフレーベル主義を改革、幼児教育の発展に尽くした。のち、保育学会を創設した。
B、イ 鈴木 三重吉(すずき みえきち、明治15年(1882年-1936年)は、広島県広島市出身の小説家・児童文学者。日本の児童文化運動の父とされる。
C、ウ 貝原 益軒(かいばら えきけん、1630年- 1714年)は江戸時代の本草学者、儒学者。
藩費による京都留学で本草学や朱子学等を学ぶ。藩内での朱子学の講義や、朝鮮通信使への対応をまかされ、また佐賀藩との境界問題の解決に奔走するなど重責を担った。
藩命により「黒田家譜」を編纂。また、藩内をくまなく歩き回り「筑前国続風土記」を編纂する。
主な著書に「大和本草」、「菜譜」、「花譜」といった本草書。教育書の「養生訓」、「和俗童子訓」、「五常訓」。思想書の「大擬録」。紀行文には「和州巡覧記」がある。
D、ア 城戸幡太郎(1893年-1985年)心理学者で倉橋惣三の児童中心主義を批判。社会中心主義を主張した。主な著書に「保育問題研究」、「幼児教育論」などがある。
E、エ 福澤 諭吉(ふくざわ ゆきち、1835年-1901年)は、思想家、教育者、東京学士会院(現在の日本学士院)初代会長。慶應義塾創設者。新聞「時事新報」の創刊・発行者。
日本に初めて「アメリカ独立宣言」を紹介し(「西洋事情」)、「学問のすゝめ」では、 「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり...されども(現実はそうではない。人は生まれながらにして貴賎上下の別はないけれどただ学問を勤めて物事をよく知るものは貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるのだ)」と説いた。
問4、5
A、ウ プロタゴラス(紀元前500年?-紀元前430年?)は古代ギリシアの哲学者、ソフィストの一人である。
アプデラ生まれといわれる。デモクリトスに学び、ソフィストとして知られた。また、トゥリオイ(アテネの植民地)の法律を作ったという。
「万物の尺度は人間である」という言葉で知られ、相対主義を唱えた人物の一人として有名である。人間それぞれが尺度であるから、相反する言論が成り立つのである。
こうした主張からソフィストは詭弁を用いて黒を白と言いくるめる、とみなされるようになった。一方、尺度の基準は人間であるとの立場は、ルネサンスが人間を尺度とする復興であったことを想起するとギリシア哲学・西洋哲学におけるソフィストの存在を軽視してはならないことを示している。
B、イ プラトン(紀元前427年 - 紀元前347年)は古代ギリシアの哲学者である。ソクラテスの弟子で、アリストテレスの師。またディオゲネス・ラエルティオスによると、プラトンの本名はアリストクレスである。アカデメイアという名で学校を開いたため、プラトンの後継者はアカデメイア派と呼ばれる。プラトンとアリストテレスの思想は西欧の哲学の大きな源流となった。また、その理想とした社会像は共産主義に深い影響を与えた。
『ソクラテスの弁明』『国家』等の著作で知られる。現存する著作はすべて対話編という方式を取っており、一部の例外を除けば師のソクラテスを主要な語り手とする。初期は敬虔や勇気といった伝統的な徳とはなにか、それは教えられるものかどうかを探求したが、著書の中では直接答えは与えられない。中期には世界を、目に見える現実の世界「現実界」と、そのもとになる完全にして真実の世界「イデア界」に分けるイデア論を展開した。ピュタゴラス学派の思想、特に幾何学を重んじる思想を学び、中期以降その影響が見られる。またパルメニデスなどのエレア学派にも関心をよせ、後期対話編ではエレア派の人物をしばしば登場させている。
C、ア ソクラテス(ソークラテース紀元前469年頃 - 紀元前399年)は古代ギリシアの哲学者である。 彼自身は著作を行わなかったため、その思想は弟子のプラトンや歴史家のクセノポンの著作を通じて紹介されている。
ソフィストをただ相手を説得する手管に秀でたものとして定義し、哲学者との区別を強調した。
ソクラテスはアポロンの宣託を通じてもっとも知恵のある者とされた。ソクラテスはこれを、自分だけが「自分は何も知らない」ということを自覚しており、その自覚のために他の無自覚な人々に比べて優れているのだと考えたとされる。
また一般に、ソクラテスは対話を通じて相手の持つ考え方に疑問を投げかける問答法により哲学を展開する。その方法は、自分ではなく相手が知識を作り出すことを助けるということで、「産婆術」と呼ばれている。
ソクラテスの用いた問答法は、相手の矛盾や行き詰まりを自覚させて、相手自身で真理を発見させた。 こうして知者と自認する者の無知を晒させたことから、エイロネイアともいう。
問5、4
1、× ジャン=ジャック・ルソー
1762年はじめに教育論『エミール』を刊行。教育思想の基本は性善説と提唱する。ルソーの教育論の根本理念は「消極教育」であるが、実際はルソー自体がこの言葉を使っている訳ではなく、ルソーの思想を理解しようとする後の研究者が、ルソーの教育理念をこのような言葉で表現したもの。
著作物
• 『科学と技芸についてのディスクール』(『学問芸術論』)(1750年)
• 幕間劇『村の占い師』(Le Devin du village) (1752年)
• 『人間の間の不平等の起源と基盤についてのディスクール』(『人間不平等起源論』) (1755年)
2、× ヨハン・ハインリッヒ・ペスタロッチ
ペスタロッチーの言う教育の理想を、主にその形式的或いは方法論的な面から見てきた。教育の理想は人間諸力の調和的発展である。このことは言いかえれば、人間を完全に近づけること、また「自立的にその人間目的に到達し、人間的完全へ到達し得る人間」を作ることであるということができると思う。ここで人間の本質、つまり人間とは何か、人間の目的は何であるかということが問題に考えていた。
ペスタロッチーは『隠者の夕暮』の冒頭で、「玉座の上にあっても、木の葉の屋根の蔭に住まっても同じ人間、その本質からみた人間、一体彼は何であるか。」と人間の本質について説いている。
コメニウスは、チェコのモラビア生まれの宗教家にして教育者。
コメニウスの主著は、ラテン語教育の手法を軸に教育学そのものの体系を考案した『大教授学』、『開かれた言語の扉』の他に、世界初の子供のための絵入り子供百科事典『世界図絵』が含まれる。
これは、この世界から人体、職業、徳目や世界的な諸宗教に至るまで、偏見のない普遍的な教養のありようを、各ページごとに上に絵、下にその説明を配するといった、科学的な話題について、現在と若干の学問的な進歩の差がみられることを除けば、レイアウトさえ新しくすれば今でもそのまま通用しそうな高水準のものである。
3、× マリア・モンテッソーリ(1870年- 1952)は、イタリアの医学博士、幼児教育者、科学者、フェミニスト。モンテッソーリ教育法の開発者。幼児の可能性を引き出すこと、幼児期の感覚器官訓練が重要であると考えた。
4、○ フリードリッヒ・フレーベルは、ドイツの教育者。幼児教育の祖。ペスタロッチに指導され、彼の初等教育のやり方をより小さい子供たちの教育に当てはめて、幼児の心の中にある神性をどのようにして伸長していけるか、ということに腐心。小学校就学前の子供たちのための教育に一生を捧げた。
教育のための玩具として「恩物」を開発したことでも知られる。
主要な著作
• 『フレーベル自伝』(邦訳:岩波文庫)
• 『人間の教育』
• 『母の歌と愛撫の歌』
5、× ジョン・デューイ(John Dewey, 1859年10月20日-1952年6月1日)は、アメリカの20世紀前半を代表する哲学者。パース、ジェームズとならんでプラグマティズムを代表する思想家である。
シカゴ大学の教授時代、1896年に妻とシカゴ大学付属小学校である実験学校をつくり、そこでの指導経験をまとめた『学校と社会』(1899年)でまず世に知られることになった。
コロンビア大学に移ってからは、より広く世論にも影響を与える執筆活動を展開し、哲学、社会論、心理学、芸術論、宗教論にまでその筆は及んだ。日本、中国、ソ連にも招聘講義に出かけ、1919年の2ヶ月に及ぶ東京帝国大学での講義は、『哲学の改造』(日本語版がオリジナルで、英語版は翻訳)に結実した。
哲学的には、ヘーゲルから由来する弁証法を、より人間的な経験と反省の世界に引き戻し、プラグマティズムの運動の最終段階として、市民的な思考の道具として「考える」ことを再構築した。鶴見俊輔は、それを市民的な思考の道具として翻案紹介した。
また、デューイの学習論から出てくる問題解決学習は、コロンビア大学でかれの引退と入れ替わりに、世界で初の大学の看護学部が誕生するとき、その教育方法の根底をなすものとして影響を与えた。彼の教育論は、人間の自発性を重視するものである。彼は人間の自発的な成長を促すための環境を整えるのが教育の役割だとした。
問6、2
答えの通り
『児童の世紀』エレン・ケイ 1900年刊行
『民主主義と教育』デューイ 1916年刊行
『教育の過程』ブルーナー 1960年刊行
問7、1
A、× 道徳は学校の教育活動全体を通じて行うものであり、道徳の時間だけで行うものではない。
参照 小学校学習指導要領「第1章総則」「第1 教育課程編成の一般方針の2」
B、○ 参照 小学校学習指導要領「第1章総則」「第1 教育課程編成の一般方針の2」
C、○ 参照 小学校学習指導要領「第3章道徳」「第3 指導計画の作成と各学年にわたる内容の取り扱いの4」
D、○ 参照 小学校学習指導要領「第3章道徳」「第2 目標」
E、× 道徳の時間の評価は数値化しない。
参照 小学校学習指導要領「第3章道徳」「第3 指導計画の作成と各学年にわたる内容の取り扱いの5」
問8、3
答えの通り
「幼稚園教育要領」第1章 総則 1.幼稚園教育の基本
問9、5
発見学習はブルーナーが提唱したもの。
発見学習とは、自分自身で結論を導く過程に自主的に行うことによって、新しい知識や概念を獲得したり、問題解決の方法を得る学習方法である。提唱したのはブルーナーというアメリカ合衆国の心理学者。
一般には教育心理学者として知られているが、認知心理学の生みの親の一人であり、また文化心理学の育ての親の一人でもある。 その生涯を通して20世紀心理学の歴史を体現する巨人である。 発見学習の基本的プロセスは、(1)学習課題の把握、(2)問題の予想、(3)仮説の設定、(4)検証と確認、(5)結論の発展、である。発見学習の効果としては、知的ポテンシャルの増進、記憶力の向上、動機づけ、発見の仕方の学習、の四点が知られている。
問10、3
答えの通り
(選択式10問)
問1、4
A、× 知的障害者の大型入所施設が、現在でも多く存在しているので文中のようなことはまだ適切とは言えない。
B、○
C、○
D、× 身辺自立のための訓練が、より一層重視されたのではなくの、必要な支援を受けて健常者と変わらない生活に近づけることが重要であるという考えが一般的である。
問2、2
A、× 施設での生活自体がノーマライゼーションかされる必要がある。地域のサークルなどに参加を希望する子どもにはできるだけ希望を叶えるように対応するべきである。
B、○
C、○
D、○
E、× 集団生活においても、個人の生活を尊重せねばならない。
問3、5
A、○
B、× 虚弱児施設は法改正により、現在は児童養護施設に含まれている。
C、× 養護学校は教育施設に属する。
D、× 少年院は児童福祉施設ではなく、家庭裁判所から保護処分として送致された者を収容するための施設である(少年院法1条)。また、懲役や禁錮の言い渡しを受けた16歳に満たない者のうち、少年院での矯正教育が有効と認められたものを、16歳に達するまで収容することもできる(同法1条、少年法56条3項)。これを「少年院収容受刑者」という。法務省矯正局が管轄する。
E、○
問4、3
答えの通り
問5、
答えの通り
問6、1
A、○
B、× 厳しく指導することを、何よりも優先するということは不適切である。
C、○
D、× 過去の成功例から児童を類型化して対応し、タイプ別に指導すべきだけでは個々の独自性に対応できないので不適切である。
E、× 児童を一番に考えることが大切であり、状況に応じて柔軟な対応をとるべきなので、「どんな場合でも知らせないで」という表現は不適切である。
問7、5
A、× 行事やレクリエーションをプログラムに取り入れることは必要である。
B、× 食事の場面では、食事を楽しむことが重視されるべきである。
C、× ノーマライゼーションの理念に基づくべきである。
D、× 個々に適した対応をとるべきでなので、正月やお盆など施設が設定した帰宅期間のみに帰宅させることは望ましいとは限らない。
E、○
問8、2
A、× その場で判断してしまうのではなく、福祉事務所など活用してから判断するのが望ましい。
B、○
C、○
D、○
問9、3
A、× V君は、小学校6年生なので『保育所の地域子育て支援センター』は適切な援助を受けることは難しいと考えられる機関に入る。
B、× 『母子健康センター』は母子保健の向上と推進を図るための施設なので適切な援助を受けることは難しいと考えられる機関に入る。
C、○
D、× 『ファミリーサポートセンター』は子育ての相互援助を目的とするものなので、適切な援助を受けることは難しいと考えられる機関に入る。
E、○
問10、4
A、× 子どもの状況を考え、気持ちにできるだけ許容して対応するべきである。
B、× R保育士の対応は、園の秩序を乱したとはいえない。
C、○
D、× 子どもの気持ちを考えていない発言であり不適切である。
E、○